ちりめん本 「日本昔話」







<解説>  本学元文学部教授  桑名一博


スペイン語の初級文法を終えたばかりの学生に対して、平易な講読のテキストとしてよく使われるものに、スペインの小説家フワン・バレーラが訳した『松山鏡』と『浦島太郎』のスペイン語版がある。

バレーラが全集版に付した『日本の昔話二編』という短い前書きによると、そのころ駐日大使をしてい中から、2冊を選んで訳したとある。
この小型本についてバレーラは、「本文中に奇麗な絵がたくさん挿入されていて、紙というよりはむしろ布に見えるとても変わった紙に印刷されている。書かれた部分よりも描かれた部分の方がはるかに多く、絵は極めて独創的かつ優美に描かれている」と書いている。

実はこの小型本こそ、明治18年(1886)から長谷川武次郎の経営する弘文社より刊行され始めた、ちりめん本英訳『日本昔話』である。
ちりめん本というのは、いわゆるファンシーペーパーの一種であるクレープ紙、つまり縮緬布の感じを与えるように押し揉んだ紙に印刷した本のことである。
英訳の日本昔話の輸出を考えていた長谷川武次郎は、ちりめん絵が外国人に喜ばれるのを見て、最初は普通紙に印刷していたのを、途中からちりめん紙に替えて出版したという。明治18年から25年にかけて、20冊からなるセットとして刊行されたちりめん本英訳『日本昔話』は、全頁が「独創的かつ優美に描かれた」彩色木版刷りの挿絵で飾られており、そのうちの7冊は、幕末に狩野派の画を学び後に写生をめざして一派をなした、鮮斎(小林)永濯(1843〜90)によって描かれている。
また、昔話の英訳者として、Basil Hall Chamberlain、James Curtis Hepburn, David Tompsonなど、明治の文化界、宗教界にすぐれた功績を残した著名人が名を連ねているのが注目される。長谷川武次郎は後に、やはり大型のちりめん本として、Lafcadio Hearnの『おむすびころりん―団子をなくしたお婆さん』など5冊の童話を出したほか、『日本昔話』の仏訳20冊、独訳12冊、スペイン語訳10冊、ポルトガル語訳8冊を刊行したことが、後年の出版目録に出ているという。
しかし、英語以外の言葉に訳されたちりめん本『日本昔話』となると、研究者でも現物を見た人はあまりいないようなので、図書館で購入した大正3年(1914)刊行のスペイン語版日本昔話10冊と日本の民間伝承10冊からなるセットは、たいへん珍しいものと言えるだろう。

ところで、バレーラが訳した『松山鏡』とエスパーダが訳したスペイン語版のものを比べてみると、話の筋に継母の存在の有無という大きな違いがある。おそらくエスパーダは、ちりめん本に触発されたと思われる。厳谷小波の再話『日本昔話』(明治27年)を底本にしたと思われる。