| ディエゴ・コリャード著 日本文典・羅西日辞典 |
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<解説> 文学部教授 塩谷惇子 1995年、本学の図書館に一冊の貴重書が収められた。それは1632年ローマで刊行された小型4折の『日本文典』(Ars Grammaticae Iaponicae Linguae)と『羅西日辞典』(Dictionarium sive Thesauri Linguae Iaponicae Compendium)の合綴である。 著者のドミニコ会宣教師ディエゴ・コリャード(Diego Collado)はキリシタン大追放下の1619年に長崎に渡来し、1622年長崎西坂における「元和の大殉教」を目撃し、同年離日する。在日期間は三年という短い期間であったから、あまりキリシタン関係の書物にあらわれていないが、キリシタン史および国語史の上で重要な人物である。 コリャードの来日目的の一つは教皇庁の命により、1597年の殉教者ペドロ・バプティスタと同志二十五名(後の「日本二十六聖人殉教者」)に関する列福調査書を作成することであった。もう一つは、日本宣教をめぐる当時のイエズス会と托鉢修道会(フランシスコ会やドミニコ会)の方針の相違から生じた紛争問題を調査し、ローマ教皇とスペイン国王に報告することであった。 離日したコリャードはローマとマドリードに駐在し、紛争調停にかかわるが、その間に将来の日本宣教に備えて、三点の本をローマの布教聖省の援助を得て刊行する。 そのうちの二点が今回、本学の図書館が入手した『日本文典』と『羅西日辞典』であり、他の一点は『日本のコンヘション』(Niffon no cotoba ni yo confesion、『懺悔録』とも呼ばれる)と題する書物で、いずれも刊行は1632年となっている。『日本のコンヘション』は『コリャード 懺悔録』という書名で風間書房から発行され、これも本図書館に収まっている。ちなみにこの書物は当時の信徒の信仰生活や心理状態を伝えるものとして貴重である。 以上の文法書、実用書、辞典の三冊の出版はドミニコ会の宣教熱意を背景にしたもので、単に言語学上のみでなく、キリスト教史の観点からも興味深いものである。 コリャードが来日したとき、イエズス会士ジョアン・ロドリーゲス・ツズによる『日本大文典』(1604-8 長崎コレジョ刊行)や日本人と外国人宣教師の共編による『羅葡日辞典』(1595 天草コレジョ刊行)は入手し難くなっていた。コリャードはすでにマニラにいたとき日本人のビンセンシオ・デ・ラ・クルス塩塚から日本語を習得していたと思われ、来日したときには「あらゆる種類の人々の告解を聴くことができた」という証言があるほど語学力に秀でていた。コリャードの語学書とイエズス会版の語学書の差異は語彙とアクセントにある。 イエズス会版は日本各地の方言によってアクセントが異なるためアクセント表記をしない方針をとったが、コリャードは「日本語の完全な発音のために」と附してアクセントを表記しているのが特徴である。コリャードは出版を終えると1635年、再びフィリピンに赴き、新しい宣教団を確立しようとしたが、現地で反対にあい、これを解散し、隠遁的な修道生活に専念することになった。1641年スペイン国王の命によってローマに戻るべくマニラを出帆したが、船が難破して溺死し、52才の生涯を閉じた。 本図書館にはコリャード自筆の『西日辞書』(複製)も収められているので、特に日文科、スペイン語スペイン文学科の学生には是非一度手にとって見て戴きたいと思う。 更新日 2012年2月10日 |