| 郭煕<早春図> |
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<解説> 本学元文学部教授 五味充子 故井上靖氏の次男と結婚した本学キリスト教文化学科卒業生、旧姓高島弓子さんから、昨年、亡父の遺品を整理中出てきた中国の古画らしいものを本学に寄贈したいと申し出があった。 里見先生から私に、本物かどうか、どの程度のものか見てほしいといわれ、私は一見して二玄社がつくった北宋の郭煕作<早春図>の複製とわかった。 同社の複製は、この作品をふくめ何点かすでに図書館で買っているが、貴重な資料なのでこれもありがたく頂戴したらと申し上げた。 清王朝の膨大な収蔵品をうけついだ故宮博物院の書画の名品は、満州事変・日中戦争の戦火を避け、上海・南京を経て四川省に疎開された。 これらの書画は日本の敗戦後重慶に集められて南京に戻り、国共内戦で追われた蒋介石ら国民党幹部が台湾に渡るとき、軍艦と貨物船三隻、輸送機二機で運ばれ、いま台北の故宮博物院にある。 二玄社は二十数年前、台北故宮の了解をとりつけて、その名品の精巧な複製製作にとり組んだ。 まず11インチ×14インチ、重さ3トンの大型カメラを特注し、カメラを水平に保って原蹟を細かく小間撮りする。そのフィルムを東京印書館の練達の製版工がつなぎあわせて製版する。 中国伝統の木版複製のように筆線を描き起こすことはなく、原蹟に剥落のある場合は地色に調子をあわせている。原蹟との校正も三度はおこなうという。こうして原蹟そっくりの趣をもつ忠実な複製がすでに四百点に達し、北京の故宮博物院、上海美術館、広州美術学院画廊などの展覧会で、中国大陸でも圧倒的な好評を博したらしい。 郭煕は北宋の神宗(在位1068〜85)のとき活躍した宮廷画家だが、李成と范寛の山水画様式を総合して、広大な風景を大観的に描き、大気や明暗にまでおよぶ空間表現にすぐれる。 この複製は、原画にただよう早春の息吹き、奇形な主山の量感、細部の緻密で写生的描写をつたえて、ほとんどあますところがない。 ドイツのヴァルター・ベンヤミンは1930年代に、写真という革命的な複製技術が、「いまここ」という特定の時代と場所に結びついた芸術のオリジナル信仰をうち破り、芸術を展示的価値に還元して大衆の生活に近づけたと指摘した。 ドゴール政権の文化相をつとめたフランスの小説家アンドレ・マルローも、写真がどんな大美術館より以上に、古今東西の美術を一望のもとにみわたす、グローバルな世界美術史を成立させたという趣旨の著書『空想の美術館』を残した。 たしかに、美術史学のかつての主流は文献学だったが、作者の伝記、社会的背景、当時や後世の芸術論など、どんな文献を渉猟してもしょせん傍証にすぎない。 様式史としての自覚にたつ現代の美術史学は、作品じたいの観察と分析をはるかに重視する。そして、実際に所在地に出かけても見ることの容易でない美術作品は、精巧で正確な複製によるしかない。その意味で、複製美術もまた図書館に収蔵すべき貴重な資料であり、財産といえる。 |