「大和物語鈔」(故高橋正治先生御蔵書)




「大和物語鈔」 松平文庫本
<解説> 本学大学院言語文化修了生 岸田 彩


 清泉女子大学で長く教鞭をとられた高橋正治先生が逝去されてから三年以上の月日が経過し、先生が所蔵されていた写本類が、この度、清泉女子大学附属図書館に収蔵される運びとなりました。

高橋正治先生の御専門は平安時代の大和物語という作品でしたが、先生が収集された大和物語の貴重な写本類が多数収蔵されるとともに、その他に契沖自筆と目される桧垣集や遍昭集など、大和物語の成立に深く関わり、またそれ自体が非常に興味深い研究対象である私家集作品の写本も収められました。

ところで、現在知られる大和物語の写本の中には、高橋正治先生が新出本として紹介されたものがあります。今回図書館に収められた、大和物語玄陽文庫本と呼称される写本(「玄陽」は高橋正治先生の文庫を指す)がそれにあたり、第一類A系統(為氏本系統)に属する本文を持つ元和寛永頃の写本です。
この第一類A系統に属すると考えられる本は、為氏本(小汀利得氏旧蔵伝為氏筆本)と東京教育大学蔵大永本と、この玄陽文庫本の三本のみで、第三類の勝命本とも関係が考えられる非常に貴重な資料です。


「大和物語 玄陽文庫本」

近世初期には,この系統の本文がかなり流布していたことも推定されます。なお、この玄陽文庫本は、書入れの本文化などが著しい為氏本よりも、より純粋と考えられる大永本の方と近い関係にあるため、A系統の中でも重い位置を占めています。

 また、大和物語の古注釈本として知られるようになった大和物語鈔の伝本の一つである島原松平文庫旧蔵本も清泉大学附属図書館所蔵となりました(寛文から元禄の書写本)。

大和物語鈔は、北村季吟による大和物語抄(承応二年刊)よりもさらに古く、室町末期になったと見られる大和物語最古の古注釈本と考えられており、現在山鹿素行文庫本(零本)、国会図書館本、内閣文庫本、賀茂季鷹文庫本、日本大学総合図書館蔵本などが伝本として知られています。
高橋正治先生の分類によれば、この大和物語鈔の本文は第一類B系統に属し、群書類聚本などと同系統ということです。


「大和物語 伝荒木素白筆」
 
 その他に、今後その本文系統や価値が調査されるべき大和物語の写本として、朱漆塗箱入り、二冊、外題中央に大和物語(上・下)とあり、23.5×17.5cm
寛文から延宝頃の書写と思われる本が、また、木箱(上に「大和物語 全部 荒木素白筆」とあり)入り、外題内題なし、綴葉装16.3×12.5cm江戸初期書写
かと思われる本一冊(綴じに錯簡あり。1〜72途中、107途中〜160途中、72途中〜107途中、160途中〜173段の順で綴じられている。綴じなおした際に順序が入れ替わったか。)があげられます。その上、未詳の古注釈書である傍注大和物語(寛文から元禄の書写)一冊もあり、今後の研究に大きく期待が持たれます。

大和物語はしみじみとした情緒を持つ佳品でありながら、研究者も割合に少なく、研究が十分に発展しているとは言えません。しかし、その研究の大きな礎を築かれた高橋正治先生のかつての所蔵本が、先生が長年親しまれた清泉女子大学の図書館で公開されるということは大変幸いなことであり、今後、後続の研究者たちの仕事に大きく寄与していくことは間違ないでしょう。
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