現代の小説や映画でも取り上げられることの多い幽霊や妖怪などの「怪異」は、昔から人々にとって興味深い存在です。10月29日(土)、その「怪異」が日本文学の中でどのように描かれているかについて、公開シンポジウム(研究発表会)が行われました。 とても楽しいひと時でしたので、内容を少し・・・。
最初は中古文学(主に平安時代)。この頃は非業の死を遂げた者の霊が人や町に死や疫病をもたらす、と考えられていました。そうした霊は「物の怪」と呼ばれ、怒りを鎮めるための信仰や儀式が行われました。 また『源氏物語』を始めとする作品の中にも、霊が女性や子供に取り憑き(または自ら)相手の前に現れ、その人を苦しめたり気持ちを伝える場面が多く描かれています。 次は中世文学(主に室町時代)。ここでは世阿弥の確立した夢幻能が紹介されました。夢幻能は神仏の化身や鬼、幽霊が主人公となり、脇役である旅の僧に生前の思い出を語りながら舞う、という形式です。 ただしその舞いは恐ろしさよりも優雅さが強調されている点が、平安時代との大きな違いです。 そして近世文学(主に江戸時代)。この時代は論理的・合理的な考え方(儒教)が浸透してきました。そのため怪異は「弱い心が作り出すもの」とされ、暗闇であった動物を怪異と誤解してしまう話などが多く書かれるようになりました。 妖怪を「キャラクター」として描くことで、より親しみやすいものへ変化させていったのもこの時代の特徴です。 最後は近代文学(主に明治時代)。物事を科学的に考察することが定着したこの時代では、幽霊や妖怪の存在は、それが合理的に説明できるか否かが重要視されるようになりました。そんな中紹介された泉鏡花の『高野聖』のように、「怪異」を信じやすい者を主人公として描き、読者を「怪異」を信じる心へと誘う作風の小説が出版されるようになりました。 幽霊や妖怪などの「怪異」は実在する恐ろしい存在から書物に登場する創作上の存在へと変化していったということではないでしょうか。 また同時に「怪異」が信じられた時代から信じられない時代へ変わっていったとも言えます。ちなみにこの発表をした先生方はというと、研究する時代によって「信じる」「信じない」が分かれるようです。 そのあたりも、研究する時代の影響でそうなったのか、そもそも研究する気持ちになったのは・・? などなどを想像すると、ますます楽しい1時間半でした!
とても楽しいひと時でしたので、内容を少し・・・。
最初は中古文学(主に平安時代)。この頃は非業の死を遂げた者の霊が人や町に死や疫病をもたらす、と考えられていました。そうした霊は「物の怪」と呼ばれ、怒りを鎮めるための信仰や儀式が行われました。 また『源氏物語』を始めとする作品の中にも、霊が女性や子供に取り憑き(または自ら)相手の前に現れ、その人を苦しめたり気持ちを伝える場面が多く描かれています。
次は中世文学(主に室町時代)。ここでは世阿弥の確立した夢幻能が紹介されました。夢幻能は神仏の化身や鬼、幽霊が主人公となり、脇役である旅の僧に生前の思い出を語りながら舞う、という形式です。 ただしその舞いは恐ろしさよりも優雅さが強調されている点が、平安時代との大きな違いです。
そして近世文学(主に江戸時代)。この時代は論理的・合理的な考え方(儒教)が浸透してきました。そのため怪異は「弱い心が作り出すもの」とされ、暗闇であった動物を怪異と誤解してしまう話などが多く書かれるようになりました。 妖怪を「キャラクター」として描くことで、より親しみやすいものへ変化させていったのもこの時代の特徴です。
最後は近代文学(主に明治時代)。物事を科学的に考察することが定着したこの時代では、幽霊や妖怪の存在は、それが合理的に説明できるか否かが重要視されるようになりました。そんな中紹介された泉鏡花の『高野聖』のように、「怪異」を信じやすい者を主人公として描き、読者を「怪異」を信じる心へと誘う作風の小説が出版されるようになりました。
幽霊や妖怪などの「怪異」は実在する恐ろしい存在から書物に登場する創作上の存在へと変化していったということではないでしょうか。 また同時に「怪異」が信じられた時代から信じられない時代へ変わっていったとも言えます。ちなみにこの発表をした先生方はというと、研究する時代によって「信じる」「信じない」が分かれるようです。 そのあたりも、研究する時代の影響でそうなったのか、そもそも研究する気持ちになったのは・・? などなどを想像すると、ますます楽しい1時間半でした!