清泉女子大学

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学位授与式学長式辞

 学部の卒業生、大学院の修了生の皆さん、御卒業、おめでとうございます。皆さんのお一人お一人が頑張られて、今日の日を迎えられました。保護者・御家族の皆様も、お喜び・感慨はひとしおでいらっしゃるでしょう。心よりお慶びを申し上げます。お嬢様の在学期間を通して清泉女子大学の運営に多大な御協力を賜り、深く感謝申しております。教職員を代表して、お祝いと御礼を申し上げます。また、本学の設立母体の聖心侍女修道会のシスター深澤光代先生はじめ御来賓の方々、非常勤教員の先生方におかれては、御多忙な中、御列席下さり、誠にありがとうございます。

 本日ここに学位を授与されるのは、大学院は、修士課程思想文化専攻の3名で、文学部は日本語日本文学科111名、英語英文学科119名、スペイン語スペイン文学科55名、文化史学科107名、地球市民学科59名、5学科合計451名、大学院と学部を合わせて454名の皆さんです。

 卒業生の皆さんは、学生時代を過ごされたこの美しいキャンパスから旅立つ時を迎えて、様々な思いを抱いておられることでしょう。友達ができるか心配した入学式の時のこと、学生時代の楽しかったり辛かったりしたこと、それらが走馬燈の如く脳裏に蘇(よみがえ)っておられるでしょう。私は昨年の4月、今の一年生の入学式の式辞で、新入生の皆さんに対して、大学での様々な「出会い」を大切にして欲しい旨述べました。学問との出会い、友人との出会い、教職員との出会い、自分のやりたいことや新たな自分との出会いなど、多様な出会いのことです。本日卒業なさる皆さんは、本学での学生生活の中で、どういったものに出会われたでしょうか。きっと様々なものと出会って、多く学んだり経験したりして、それら全てが糧となって、皆さんは大きく成長されたに違いありません。

 アットホームな学舎を離れ、親しい学友達とも別れ別れになることへの寂しさや、社会人としての一歩を踏み出すことへの晴れやかさと、同時に不安もおありでしょう。現代社会は、少子高齢化、IT・AIの発達による情報化、産業構造の変化、グローバル化など、急速な変化が進んでいます。これほど迄に変化が激しく将来の予測の付きにくい社会においては、社会人の一人ひとりが、主体的に考えて、問題を発見し、解決法・対処法を自ら模索する能力が求められます。上司から命じられたことをただ受動的にこなすだけでは、仕事になりません。本当に大変な時代になりました。そうした荒波の中に、親御さんや大学の庇護(ひご)を離れて皆さんは漕ぎ出されるわけですから、どうぞしっかりした「覚悟」を持って臨んで下さい。そのためには、意識して、主体的に学び続けることが大切です。学びは書物やパソコンだけを使って為すものでありません。社会人として出くわす様々な経験や、周囲の人から聞く話などからも、謙虚に学んで自らを成長させて行く姿勢を持つことが肝要です。大変な社会の中で、皆さん、どうかしっかりと、しなやかに、たくましく生きて行って下さい。自立した女性としてそれぞれが活躍なさるよう、心より期待をしています。

 「覚悟を持て」と少々脅かすようなことを申しましたけれども、別に、過度に恐れたり不安がったりなさるには及びません。というのも、皆さんは、この良き伝統と校風を持つ清泉女子大学で各人学んで来られた訳ですから。
 本学は今時にしては珍しい、文学部の単科大学です。文学は広い意味で、人間のことを扱う学問です。どんなにAI、人工知能が発達して社会のハイテク化・電子化・情報化が進んでも、コンピューターには出来ない、人間にしかできないことは残ります。人間を深く掘り下げ、人間について考察するのが文学ですから、文学を学んだことは、すぐには役に立たなくとも、必ずや仕事でもプライベートでも、一生涯、人生の節目節目で活きて来ます。

 そして、本学はキリスト教ヒューマニズムに基づき、「一人ひとりを大事にする」こと、「まことの知、まことの愛」を建学の精神として大事に受け継いでいます。他人に優しく、他者と共生する、ということは、単に他者に思いやりを持てということではありません。周りばかりを気にしていると、下手をすれば流されてしまいます。知性を磨き経験を重ねて、確固とした〈自己〉を確立し得た人こそが、真に他者を理解し他者と共生をすることが可能なのです。「まことの知、まことの愛」とは、そうしたことを意味していると、私は解釈しています。

 本学の設立母体・経営母体であるカトリックの聖心侍女修道会の創設者は、ラファエラ・マリアです。ラファエラ・マリアは1850年にスペイン南部の村の裕福な家に生まれ、修道女になる以前から貧しい人達のために尽くし、若くして聖心侍女修道会を設立した女性で、現在「聖人」に列せられています。ラファエラ・マリアが世界的に高く評価されている、尊敬されている理由は、世界に広がり子女の教育や慈善活動に尽くす大きな修道会の設立者である点のみではありません。40代の働き盛りで誤解から周囲に責められ修道会の総長を辞職して以降、74歳で亡くなる迄に30年もの間、会の一修道女として、周囲から「忘れられた」存在となりながらも、全く不平・愚痴をこぼさず、掃除や汲み取りなどの下働きをしながら、黙々と働いて為すべき使命を果たし続けた点にもあります。ラファエラ・マリアが残した名言の一つに、「私の周りにいる全ての人を、幸せにするよう働くこと、それが本当の愛」という言葉があります。

 我々一般人、俗人は、「自分が一番かわいい」というのが当たり前で、自分を犠牲にして迄他者に尽くす聖人の生き方はなかなか出来ません。ただ、自分を大事にできない人は、他者のことも本当の意味で大事にできないのではないかと思います。要は、「誠実」であれ、ということだろうと私は考えています。自分が何か為すべき責任、仕事がある時に、大した努力もせずに職務を怠ってしまったら、それは自分の能力や可能性をきちんと活かしきれていないことになり、自分自身に対して誠実でないことになります。皆さんは、あなた方御自身が思っている以上に、大きな、大きな能力や可能性を持っておられます。にも拘らず、為すべき時に努力しない、全力を尽くさないことは、自身に対する不誠実に他なりません。そして同時に、他人に、周囲に対して誠実たらんとすれば、自然と他者に対する思いやりや、他者の考えをも理解し平和に折り合っていこうという〈共生〉の意識に繫(つな)がります。

 卒業生の皆さんは、何も不安がられることはありません。どうか、この清泉女子大学の卒業生であることに、自信と誇りを持ってお進み下さい。たとえ社会が新自由主義、グローバル化、効率主義の、厳しい競争主義の方向へ進んでも、そのような世の中であるからこそ、本学の伝統の中で培った、凛(りん)とした知性と、他者を思いやれる気質が、どこへ行っても活きてきます。必ず皆さんは周囲から必要とされます。

 先に「自立した女性として活躍して欲しい」旨申しました。それは必ずしも、職業人としてキャリアを積んで栄達せよ、と言っている訳でありません。ラファエラ・マリアの後半生がそうであったように、組織であれ、家庭であれ、自分の置かれた場で、為すべきことに誠実に勤め続ける姿勢を備えた人、それが真に自立した女性だと思います。

 誠実な生き方をしていれば、必ず誰かが見てくれています。もしも仕事や対人関係などで壁に当たってひどく落ち込んでしまうことがあっても、「誰かが自分を必要としている」、「自分が誰かと繋がっている」ことに気付けば、気持を前向きに持ち直すことができるはずです。文芸評論家・著述家で『大和古寺風物誌』や『日本人の精神史研究』の著者として有名な亀井勝一郎は、『現代人生論』という著作において、「本当の幸福とは」と題する件で次のように述べています。「幸福というものは私の思うに、小さなものである。幸福な人とはどういう人かといえば、自分の身近にささやかな歓びを感ずる人である。それはささやかな歓びであるけれども、最大の歓びである。」と。私も全く同感です。自分と他者と比較して、何かやっかんだり妬んだりしていては、どんなに豊かであっても幸福とは言えません。自分が人から必要とされていること、他者と繋がっていること、何か大きなものから支えられていることに思い至れば、前向きな、幸せな気持になれます。

 以上、本日この学舎を旅立つ皆さんに、「しっかりと覚悟を持て」、「自信と誇りを持て」、「自分自身と他者に対して誠実であれ」、という三つのことを、餞(はなむけ)の言葉として申しました。

 最後に、そうは言っても少し疲れてしまったり、少し気持が沈んだりすることもあるでしょう。そんな時は、どうぞいつでも懐かしい母校をお訪ね下さい。我々教職員は皆、どの学科だろうが、授業で教えていようがなかろうが、本学の学生、卒業生を等しくかわいい教え子と思って接し、愛し、常に応援しています。本学の建学の理念のある限り、それは決して変わりません。皆さんの笑顔に再び接することのできる日を、教職員一同楽しみにしております。

 改めまして、本日は、御卒業、おめでとうございます。

 
平成31年3月15日 
清泉女子大学学長 佐伯孝弘 

学位授与式

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