清泉女子大学

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卒業生・修了生の皆さんへの学長メッセージ

佐伯学長

 初めに、卒業生・修了生の皆さんに対して、新型コロナウィルス感染症流行の状況の中、学位授与式を実施できず、このようなビデオメッセージを贈る形で皆さんを送り出すことになりましたことを、改めて深くお()び致します。皆さんの残念さ・寂しさを思うと、全教職員が断腸の思いです。皆さんが4月より元気に新生活を迎えられるため、感染拡大予防の社会的責任を大学として果たすための苦渋の選択ゆえ、何卒(なにとぞ)御理解願います。

 さて、本日卒業式・修了式を迎えるはずであった皆さん、御卒業・御修了、おめでとうございます。保護者・御家族の皆様も、感慨はひとしおでいらっしゃるでしょう。心よりお慶びを申し上げます。今春本学を修了・卒業なさるのは、大学院は、修士課程言語文化専攻4名、思想文化専攻3名、地球市民学専攻1名の計8名、学部は日本語日本文学科86名、英語英文学科129名、スペイン語スペイン文学科50名、文化史学科98名、地球市民学科74名、計437名、院と学部合わせて445名の皆さんです。

 修了生・卒業生の皆さんは、青春の時を過ごされた清泉女子大学のキャンパスから旅立つに当たり、様々な思いを抱いておられることでしょう。友達ができるか心配した入学式の時のこと、学生時代の楽しかったり(つら)かったりしたこと、それらが走馬燈の如く脳裏に蘇っておられるでしょう。私は入学式の新入生向け式辞で、大学での様々な「出会い」を大切にして欲しい旨述べております。学問との出会い、友人との出会い、教職員との出会い、自分のやりたいことや新たな自分との出会いなどの、多様な出会いのことです。卒業なさる皆さんは、本学での学生生活の中で、どういったものに出会われたでしょうか。きっと様々なものと出会い、多く学んだり経験したりして、それら全てが糧となって、皆さんは大きく成長されたに違いありません。

 本学を巣立って行かれる皆さんに対して、4つお願いしたいことがあります。一つ目は、「学び続けよ」ということです。「学び」とは学校や書物を通じて、とは限りません。未知の領域に踏み込んだら、日々経験すること、周囲から話を聞くこと、色んな失敗をすること等々、全てが「学び」です。謙虚にそれらから吸収しつつ成長して行くことが、社会人には求められます。現代社会は、少子高齢化、IT・AIの発達による情報化、産業構造の変化、グローバル化など、(かつ)てない程急速な変化が進んでいます。変化が激しく将来の予測の付きにくい社会においては、社会人の一人ひとりに、主体的に考えて、問題を発見し、解決法・対処法を自ら模索する能力が求められます。上司から命じられたことをただ受動的にこなすだけでは、仕事になりません。終生学び続ける姿勢が必要です。

 二つ目は、「たくましく、しなやかであれ」ということです。変化の大きな新自由主義経済の中では、日本の良き時代の人生モデルであった終身雇用制や右肩上がりの経済成長は、もはや崩れつつあります。世界的な傾向でもありますが、中間層が薄くなり、富裕層と貧困層の格差がより増大しています。本当に大変な時代になったものです。そのような時代を生き抜くには、一度や二度の挫折や失敗でくじけたり自分をダメだと絶望したりしない「たくましさ」と、時に勇気を持って柔軟に自分を変革し新たなチャレンジに取り組む「しなやかさ」が必要です。皆さんは清泉女子大学で文学を学ばれました。文学は広い意味で、人間のことを扱う、根源的な意味を持つ学問です。どんなにAI、人工知能が発達して社会のハイテク化・電子化・情報化が進んでも、コンピューターにはできない、人間にしかできないことは残ります。人間を深く掘り下げ、人間について考察するのが文学ですから、文学を学んだことは、すぐには役に立たなくとも、必ずや仕事でもプライベートでも、一生涯、人生の節目節目で活きて来ます。よって、皆さんは、予測不可能な社会への船出を過度に不安がる必要はありません。

 三つ目は、「優しくあれ」ということです。清泉女子大学は、元々心優しい人達の集う学風であり、キリスト教ヒューマニズムを建学の理念として、「一人ひとりを大事にする」ことを校是としています。本学の設立母体であるカトリックの聖心侍女修道会の創設者ラファエラ・マリアは、1850年にスペイン南部の村の裕福な家に生まれ、修道女になる以前から貧しい人達のために尽くし、若くして聖心侍女修道会を設立した女性で、現在「聖人」に列せられています。ラファエラ・マリアが世界的に高く評価され尊敬されている理由は、世界に広がり子女の教育や慈善活動に尽くす大きな修道会の設立者である点だけではありません。40代の働き盛りで誤解から周囲に責められ修道会の総長を辞職して以降、74歳で亡くなる迄30年もの間、会の一修道女として、周囲から「忘れられた」存在となりながら、全く不平・愚痴をこぼさず、掃除や汲み取りなどの下働きを黙々と行って、自己の信ずる使命を果たし続けた点にもあります。ラファエラ・マリアが残した名言の一つに、「私の周りにいる全ての人を、幸せにするよう働くこと、それが本当の愛」という言葉があります。そうした学風を皆さんは受け継ぎ、本学において他者を理解し共に生きる「他文化理解」「共生」の理念についても学んで来られました。自由主義、グローバル化、効率主義の厳しい競争社会であっても、いや、厳しい競争社会であるからこそ、自己を(りん)として確立するだけでなく周囲に奉仕する優しい気持ちを(はぐく)んでおられる皆さんは、社会にとって間違いなく不可欠な存在です。どうか、この清泉女子大学の卒業生であることに、自信と誇りを持ってお進み下さい。

 最後の四つ目は「幸福であれ」ということです。幸せは他者と比べた何かの基準から生まれるものでありません。どれくらい人生に誠実に向き合っているか、また周囲に対して謙虚であり得るかによって、感じ方は人それぞれです。どんなに裕福であっても、自分より裕福な人を妬みそねみ「御蔭様」の気持ちを持てない人は、真に幸福な人とは言えません。東京大学の教員である福島(さとし)氏は、九歳で失明し、十八歳で聴力を失い、(もう)(ろう)者となられました。全盲聾者として日本で初めて大学に進学し、世界で初めて大学の専任教員となられた方です。御著書によると、全盲聾者となり完全な闇と静寂の中に閉じ込められた十八歳の時の日記に、こう書き()められたそうです。「盲聾者となることによって、『生きる意味は何か』『人生において真に価値あるものは何か』と問い続けるチャンスを与えられた」と。何という強さ、前向きさでしょう。氏は、氏の御母様の考案された指点字という伝達手段によって周囲と多くのコミュニケーションを為し、多くの論考・著作を著し、「全ての光と音を失った自分にとって、指点字や点字で(もたら)される『ことば』こそが『光』だった」「人間としての根源的な思索に向かう機会を得たのだから、自分が全盲聾者となったことは意味があった」と肯定的に述べておられます。想像を絶する苛酷な人生を歩みながらポジティブさと周囲への優しさやユーモアを(たた)える氏の強さには、凡人の私などなかなか到達できません。しかし、自分の生きている意味、生かされている意味を真摯に受け止め、他者への感謝や何か他者の役に立てる喜びを感じるなら、我々は少々の困難があっても、この世に生を受けた幸福を実感することが可能でしょう。

  以上、この美しい学舎(まなびや)を旅立つ皆さんに、「学び続けよ」、「たくましく、しなやかであれ」、「優しくあれ」、「幸福であれ」という四つのことを、(はなむけ)の言葉として申しました。

 冒頭に申した通り、学位授与式でなくビデオメッセージの形で皆さんを送り出さざるを得ないことに、全教職員は申し訳なさと無念さで一杯です。この新型コロナ騒動が収束したら、皆さんを再び本学にお招きして、卒業式に代わる「卒業生の集い」を催したいと考えております。後日御案内致しますので、どうぞ奮って懐かしい母校をお訪ね下さい。我々教職員は皆、所属学科や授業担当の有無に関わらず、本学の学生、卒業生を等しくかわいい教え子と思い、愛し、常に応援しています。皆さんの笑顔に再び接することのできる日を、教職員一同心待ちにしております。

 改めまして、御卒業・御修了、おめでとうございます。

     
令和2年3月吉日

清泉女子大学学長 佐伯孝弘

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